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名作文学いらっしゃいまし
日本の名作文学を楽しむブログです。                                                                                                                                    お江戸本と美術本のレビューも増殖中。
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(木楽舎・2011.08)

ビーケーワンに投稿した際、タイトルを「フェルメールってどこがいいんだろう?という方にこそオススメ!」としました。それは、実はわたしのことです!

美術ファンを気取りたいのに、フェルメールがわからないのはマズイだろうと、長年秘かな懸案事項となっていました。
ホンモノを見ればわかるかも?と2008年夏、東京都美術館で開催された「フェルメール展~光の天才画家と デルフトの巨匠たち~」にも足を運んだのですが…。ワカラナイ。

この本を見つけたときは嬉しかった!
フェルメール×福岡伸一さん。これできっと解決する、と確信しましたね!

以下、ビーケーワンに投稿した書評です。


 美男も美女もいない。場所はいつも同じ狭い一室。ごく日常の風景。特別なことはなにもない。
それなのに、フェルメールは絶賛される。その秘密を知りたくて本書を手にした。
生物学者である著者が、美術をどう語ってくれるのだろうか。

 フェルメールの実作品と相対するために、著者はオランダ、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツをめぐる。
だが、すぐには美術館に向かわない。鑑賞後もまっすぐ空港へは行かない。
そこで出会うフェルメール作品と、その土地ゆかりの科学者(版画家や作家の場合もある)のエピソードをからめつつ、著者の脳内で広がる想像の輪は、街歩きをして初めてひとつに結ばれて行く。
行ったことがない、アメリカの大都市やヨーロッパの小さな街のイメージがぐんぐん立ち上がってきた。
光の彩度、吹く風の湿り気や土の匂いさえ、感じられるような豊かな表現が素晴らしい。
本書は美術書であるとともに、実に魅力的な紀行文なのだ。
例えば、ニューヨークと野口英世とフェルメール。一見、関連が見当たらないこの3つのポジションは著者によって時間も空間も越えた見事な物語を紡ぎだす。
訪れる先の都市で街で、著者は次々とこんな離れ技をやってのける。

 著者が実見した作品のすべての写真が掲載されている。それはよくある美術図版ではない。
額縁ごと、壁の装飾ごと、ときには鑑賞している著者や学芸員も写り込んでいる。
日本の美術館とはまったく違う、個人の居間に飾られているような自由な展示方法に驚いた。

 もちろん、フェルメールの魅力を生物学者ならではの視点で解き明かしてくれる。
フェルメール作品の理解には「光」と「時間」がキーワードになる、という。
『窓辺で水差しを持つ女』(メトロポリタン美術館)には、こんな一文を寄せている。
「鮮やかな青い着衣とテーブルクロスの赤。窓から入る光が金属の水差しを光らせる。その一瞬を“微分”することに成功した、もっともフェルメールらしいフェルメール作品。(中略)私がここでいう“微分”とは動きの時間を止め、その中に次の動きの予感を封じ込めたという意味である」

 著者が「光のつぶだち」と表現する細かな点による光の描き方、絵具を実際に盛り上げているという布のドレープ、宝石から作られる貴重な絵具ウルトラマリンブルーのはっとするような美しさ。
小さな作品が多いこともあり、それはありきたりの図版ではとうてい確認できない。
観るものに親密な関係を要求し、その機会を得た幸運な者のみにそっと心を開くのだ。
アメリカの、ヨーロッパの、展示方法は正しい。
ようやくフェルメール理解の扉の前に立てただろうか。まだまだ先は遠い。

 フェルメールと同じ年に生まれ、同じ町に暮らした「光学顕微鏡の先駆者」レーウェンフックとの交友を想像する最終章はミステリー小説のようで、ぞくぞくするほど面白かった。
フェルメールの絵の中に、当時の最先端の科学が内包されている(かもしれない)なんて!

 17世紀オランダの小さな街に生まれ育ってそこで生涯を終えた画家。だが、その画家が生み出した絵は海を渡り世界中の人々を魅了する。そして、画家の絵に導かれて世界を旅した著者。
フェルメールと現代生物学者の幸福な出会いがもたらした、なんとも嬉しい一冊だ。

(ビーケーワン投稿 2011.10.24 1366字)

 
この本は、全日空の機内誌に連載されていたのをまとめたそうです。
あの、前の座席の、あみあみのところに通販の雑誌と一緒にあるのですよね。
雑誌の意図と内容がピッタリすぎる…。
期待された要望にしっかり応える、福岡伸一さん、スゴイ。
海外旅行がまるで好きではないわたしも、異国を旅してみたくなりましたもの。
文章もうまいし…特に風景の描写がうまい!どうなってるんだろう?生物学者なのよね?

前に、ETV特集で福岡伸一さんがカズオ・イシグロのインタビューしてたのを見ましたが、すごく的確な質問をして、いい話を引き出していて印象的でした。
福岡伸一さん、これからも要チェックです!

フェルメールのこともちょっとわかった、かな?
わかりにくいということがわかった、という段階ですけど。

収蔵館によって修復の考え方に違いがある、ということも面白いです。
描かれた当初の状態にできるだけ戻そうという立場と今のままを維持しようという立場と。
どちらもいいと思う。多様であって欲しいです。
あ、ドロボーに盗まれたままの作品があるそうなんですよ!返して~。




 
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(改版・新潮文庫・2001.06)

ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの

このフレーズが有名な詩の作者は室生犀星さん。詩のほかに小説もたくさん残しています。
あとがきにあったご家族の写真見ると、杏っ子こと杏子のモデル、長女の朝子さんはとてもきれいなお方。
ご自身も作家として活躍され、まさに才色兼備。羨ましい。
こんな娘を持つと、父親としては誇らしくも心は千々に乱れるものなのですねえ。

この書評、またやってしまった、感あり。あ~あ。

以下、ビーケーワンに投稿した書評です。


 作家の平四郎と妻・りえ子、長女・杏子、長男・平之助の家族のものがたり。
著者の自伝的な小説である。ほぼ、事実にそった内容のようだ。

 読んでいて疑問符が渦巻く、かなり特殊な家庭である。
妻が病に臥せっていることもあり、父子の密度は非常に濃い。
それは、子供たち、そしてその友人までもが「平四郎さん」時には「平四郎」と父親を名前で呼ぶ点に集約される。
夏目漱石を「漱石」と呼ぶ感覚だ、というのだが。

 年頃になり、姉弟とも「結婚せねばならぬ」ことになる。
本人たちは他人事のようで、父親まかせ。頼みの平四郎の判断基準もかなり甘い。
少しでも顔見知りの男の方がいい、とにかく美人でなくては、など。
相手の人柄や経済状態は、たいして問題にしない。
結果、すぐに破綻がきて、ふたりそろって結婚に失敗する。
たいした騒ぎもなく、誰が反省することもない。すべてが淡々と進んで行く。

 親子で交わされる会話の不思議な面白さが、この小説の読みどころだろう。
名前で呼び合うこの家庭には、お互いを一個の女、男として尊重する習慣が根付いている。
世間体や親子の縛りから放たれた、自由な雰囲気は独特なものだ。
そこに本来の肉親の遠慮のなさが加わり、ずけずけと踏み込んだ、それなのに生臭さのないドライな会話が展開する。

 特に、終盤の父娘のやりとりには妙な凄みがある。
作家志望の杏子の夫は、プライドの高さは一人前以上だが、稼ぎのないダメ男。
自らへの暴言や貧乏生活には耐えた杏子だが、父親を侮辱する夫の行為は決して許さない。
禅問答のような、父娘だけのことばで話し合い、通じ合うふたり。
最終的に夫を捨て、父親を選ぶ形で実家に戻る。喜んで迎える平四郎。ハッピーエンド?

 嫁いだ娘を完全に支配しコントロールした、父親としては完全勝利の形だ。
「娘を持つ父親という生き物」の夢が、これ以上ない形で表現されている。
これは、世のすべての父親に贈られたファンタジー小説かも、と思い至ったが、どうだろう。

(ビーケーワン投稿 2011.10.20 843字)


あらすじを明かしすぎているような、気がします、ね。うかつです。
また、やってしまった!同じ間違い、繰り返してます……。もう。
なんで、投稿してから気がつくんだろう(恥)。大反省です。

…文豪と呼ばれる方々の弟妹や子が文筆業に携わることが多いのはなぜだろう?と不思議でした。
ナルホド、幼いころからこういう独特な環境で育てば特殊な感性が身につくはずだ、とちょっと納得。
もちろん、ご本人の才能と努力あってのものでしょうが。
世間からのプレッシャーも重いでしょうしね。

父親を名前で呼ぶのって新鮮で面白いかもしれませんね。一度やってみようかな~。
なにか、新しい世界が開けるかも?




 
(武田友宏編・角川ソフィア文庫ビギナーズ・クラシックス・2007.06)

「タイニーハウス」という簡易住宅がアメリカで注目されている、とニュース番組で見ました。
9.11テロやリーマンショックの影響で、これまでの大量生産&大量消費の価値観が急速に変化しているそう。
これ、そのまま、『方丈記』の鴨長明さん、ご愛住の「方丈庵」じゃないの!とびっくり。
900年、時代先取り!スゴイんです、長明さんは。

以下、ビーケーワンに投稿した書評です。


 方丈とは約3メートル四方、今の四畳半にあたる。
『方丈記』は、四畳半からのつぶやき、といったところか。

 大規模テロや大震災、台風被害をまのあたりにして、今ある日常は明日にも壊れるかもしれない、実にあやういものなのだ、とつくづく感じる。
ずっと続くことなんてありはしない=無常、このことに900年前に気がついて随筆として書き残した人がいる。
『方丈記』の作者、鴨長明だ。原稿用紙にして22、3枚の短い文章ながら、その半分以上を著者自身が経験し見聞した災害の描写に割いている。

 長明が生きた時代、12世紀から13世紀にかけては、平家が繁栄を謳歌した後に滅び、武家の支配に移るという歴史の大きな転換点だった。
また、その時期、長明がいた京都では災害が繰り返し起きていた。大火事、辻風(竜巻?)、大地震、大飢饉。遷都も悪政による災害として書き連ねている。
それは一見、どうしようもない天災に思える。だが、甚大な被害をもたらした原因は、家や人が密集した京都ならではの「都市型災害」だった点にあると長明は見抜いた。
おそろしいことに、これはそのまま今の日本に当てはまるようだ。
様々な「都市型災害」を避けるべく、出家し京都を離れた長明は、移動可能な組み立て式オリジナル住宅「ザ・方丈庵」にひとり暮らす。
そして、持たない生活を実践し、人生を、世間を、見つめるのだ。

 『方丈記』の理解には、長明の生涯を知ることが欠かせない。
名門、下賀茂神社の御曹司として生まれながら、一族の激烈な家督争いに敗れ、挫折の繰り返しの人生だったという。
 読んでいて次第に長明というヒトが面白くてたまらなくなってきた。
とにかく、行動派なのだ!危険な火事、地震、辻風の現場に自ら赴き、取材していたらしい。
大した用もないのに?新しい都を見に行き、晩年には遠く鎌倉にまで出掛けているそうだ。
出家したあとも琴や琵琶、和歌などの趣味を楽しんでいた。しょっちゅう都に出向いては様々な情報収集に努めていたことから、スパイ説もあるという。
このヒトは好奇心の塊で、片時もじっとしていられないタイプではなかったか?
都を追われた恨みや成り上がり平家への文句も、オブラートに包んだ形ではあるが充分に言い尽くし、ウサを晴らして?いる。
とても品行方正な隠者とは言えないが、人間的でなんとも魅力的だ。

 活動派隠者・長明もラスト近くになると、方丈庵にこもって思索にふける。
物事に執着してはならぬという仏の教えを実践して、方丈庵での持たない生活にたどりついたが、手塩にかけた自慢の方丈庵に執着していることに気がつく。
この大問題をいかに解決するか。
ラストがすごい。自分の思い至った境地を、誰にでもわかる的確なことばで表現し得ている。
小さな方丈庵にぽつんと座る老人から無限の宇宙が広がって行く。
『方丈記』は時代や国境を超えて、いつもフレッシュで常に誰かしらの心に届く力を持っている。
これから折々読み返し、自分を見つめ直す手がかりにしようと思う。

 最後にひとこと。「角川ビギナーズクラシックス・シリーズ」は編者のカラーが色濃く出ているのが特徴だが、本書の編者、武田友宏氏もなかなかだ。
「河の流れを眺めながら『無常』に浸っている引き籠もり型のおじいさんを想像しがち」いや、そこまでは……。
「享年六十二歳。当時の平均寿命を考えれば、今の米寿にも相当しよう。けっこう長明は長命だった」ギャグも炸裂。
同シリーズで『源氏物語』『枕草子』『おくのほそ道(全)』も武田氏の編とのこと。
今後の楽しみが増えた。

(ビーケーワン投稿 2011.10.17 1486字)


無常観を説いた人生論であり、都市型災害論・人災論であり、住居論であり、都市郊外田舎暮らしのススメでもあり……文章は流れる音曲のように雅やかで、空海の『秘蔵宝鑰』を下敷きにしたりと教養を発揮。
長明さん渾身のロングセラーなのであります。

ラスト、とにかくスゴイことはわかったんですが、実はすべて理解できたわけではありません。
今ひとつピンとこない、というのがホントのところ。
ラストを左右する重要なことば「不請」の解釈は、七通り考えられるそうで、諸説並び立っている状態だそうです。
読む人それぞれ、さらに同じ人が読んでも、時期によって違う思いをいだくのでは。
短い文章なのでストレスなく読めます(もちろん現代語訳を、ですよ~)し、都度、読み返して感想をメモっておいて見比べれば面白そう!

禅は以前からポピュラーみたいですが、アメリカで長明さんブームが起きるかもしれませんね!




 
(吉川弘文館・2011.09)

この本の表紙になっている、立派な御門の旧家は、主人公、万喜さんの実家、旧・小林家です。
たいへんなお金持ちだったそうで。万喜さんは名家のお嬢様だったのです!
小林家に残されていた、たくさんの古文書は、国や地域の研究機関に委託され研究が進んでいる模様。
ところが、万喜さんの手紙はずっと手つかずで残されていたそう。
史料的価値ナシと思われていたのでしょうね……。こんなに面白いのに~。

以下、ビーケーワンに投稿した書評です。


 江戸時代後期、親孝行で筆まめな、ひとりの女性がいた。彼女の名は万喜(まき)。
美作国(現岡山県)の裕福な医師の家(身分は百姓)に生まれ、恵まれた環境に育ち高い教養を身に着けた。
10代後半で江戸に出て、一代で幕臣となった伯父の養女となり武家に嫁ぐ。
本書には旗本・伊東要人との再婚後、万喜が実家に送った手紙22通が紹介されている。

 そのうち、年賀状として送った手紙の図版が載っている。
漢字と仮名まじりの装飾的な書風で、内容も和歌のように雅やか。
平安時代の美術品のような、なんとも美しい手紙だ。

 当時、これほどの遠方へ、しかも身分違いの結婚は稀だったことだろう。
結婚後しばらく手紙には、頼る人もない江戸での心細さ、故郷を懐かしむ思いが率直に綴られる。両親はさぞかし娘の身を案じたことだろう。
年月を経るにともない、内容は、夫の仕事、家計のやりくり、借金の返済状況、子供たちの学業成績と就職、縁談などに変化する。
父母に心配かけまいと気丈にふるまう手紙がある一方で、寂しいから江戸まで会いに来て欲しいと無茶を請う手紙もある。
今現在、嫁いだ娘が実家の父母に電話し、愚痴ったり甘えたりするのと何ら変わらないのだ!
万喜の父母がどのような返事を送っていたのか、ぜひ見てみたいが残念ながら残っていないようだ。

 著者は、手紙の内容をただ明らかにするだけではなく、他の史料ともすり合わせて旗本家庭の日常を掘り起こして行く。万喜は当時の物価や家計の収支を、細かく几帳面に記していた。
武家の対面を保つための「身分費用」の多さに驚く。どんなに困窮していても、決められた人数の奉公人を雇わねばならず、外出する際は身なりを整えなくてはならない。今の価値観で考えればバカバカしいとも思える、身分社会ならではの構造的な費え。江戸後期の武家が身分の上下にかかわらず借金だらけだったことはよく聞く話だが、その実態が生々しく迫ってくる。
また、万喜が手紙に残した結婚祝い金や火事見舞金の記録を、親戚筋に残された別の文書と合わせて見ることにより、旗本の親戚付き合いの範囲と程度が明らかになる。たいへん面白い。

 万喜はわざわざ実家から種子を送ってもらい、庭で家庭菜園をして家計の足しにしていた。「武家の奥方は親戚以外の男性と接してはならない」というオキテをこっそり破り、田舎から手紙を届けた使者に直接会うという思い切った行動もしている(たまたま夫は留守でラッキ~!)。懐かしいお国ことばで話がはずんだことだろう。
武家の奥方として、厳しい家計を切り盛りし子供の教育に力を入れ、様々な制約に縛られながらも、自分らしくおおらかに生きた女性の姿が浮かび上がる。
手紙を書くときだけは心からくつろいで、懐かしい故郷に思いをはせたのではないだろうか。

 結局、万喜は二度と父母に会うことも帰郷することもかなわなかった。
手紙が届くまでに最短23日、最長8カ月、平均2カ月半の日数を要した。
江戸と美作は、今の東京と岡山にくらべると、はるかに遠かった。
筆まめな彼女の筆を折ったのは、子供たちの相次ぐ死だった、という。
自身も明治の世を見ることなく、1862年に66歳で亡くなった。

 江戸時代は日記や手紙がかなり多く残っているが、女性の手によるものはごく少ない。
万喜の手紙が実家で大事に保管され、時代を経て発見されて、今、本となり誰でも読むことができることは、よろずのよろこびだ。
どこぞの旧家の蔵の中に別の女性の生涯がまだ眠っているのかもしれない。
次の発見を首を長くして楽しみに待とうと思う。

(ビーケーワン投稿 2011.10.15 1491字) 


日記とか手紙って、素顔が見えるからホント面白い!
田舎から使者が来たとき、たまたま夫が留守だったから会ったって書いてるけど、絶対アヤシイ!
いついつ夫が留守だからそのとき来てね、そしたら会えるから、国の話を聞きたいわ~、ってことだったに違いない!万喜ちゃん、やるな!
でもね、田舎からわざわざ手紙持って来てくれたんですよ、そりゃ会いたいよね。直接、お礼言いたいし。それが人情ですよ。

あと、いくつか、江戸時代の面白そうな日記をチェックしてるので、順次、読んでいきます!

よろずのよろこび、わかりましたか~?←言わぬが花なのに……。




 
北九州 文学の旅 、二日目は若松編です!

若松は先日、書評を書いた作家・火野葦平さんの愛した故郷で、様々な作品の舞台となった街です。
『河童曼陀羅〈抄〉』の書評はコチラ

また、かつては日本一の石炭積出港として栄えました。
山本作兵衛さんの画文集にあったような、入れ墨の荒くれ男たちが行き交っていたのかも。
『炭鉱に生きる』の書評はコチラ

今はどうなっているのでしょう~?

小倉から博多方面行のJRに乗ります。
車窓の風景は、まさに北九州工業地帯!工場萌え♪
真っ赤な若戸大橋が見えてきます。
3つ目の戸畑駅で下車。

ここから渡船で若松へ向かいます。
駅から渡船乗り場までは歩いて10分ほど。
若戸大橋がさらに大きくなってきたよ。
ランドマークの貫録充分です!
P1020577.jpg

北九州市立若戸渡船で若松へ。
もっと乗っていたいけど、3分で到着~。
昔は死の海と呼ばれた洞海湾、今はだいぶキレイになってます。

若松へ上陸しました!若松側の渡船乗り場です。
クマゼミがワシワシ鳴いてます。
P1020593.jpg

しかし、いるのはセミだけかい?
人影がありませんね……。

若松の市街地はこじんまりとしていて、2時間もあれば見て回れるくらいの規模です。
渡船乗り場近くのレトロな上野ビルでもらった街歩きマップ。
P1020923.jpg

若松の守り神、恵比寿神社。
「おえべっさん」と親しまれて、お祭りのときは賑わうそうですが……。
P1020601.jpg

若戸大橋を下から見上げるの図。巨大です~!
P1020599.jpg

ちょっと寂しい若松の街。
廃墟みたいな建物が建て替えられもせず、そのままになっていたり。
アーケードの商店街も、やっぱりシャッター商店街。
「忘れられた街」「失われた街」「見捨てられた街」なんてことばが浮かんでしまう。

火野葦平さんが亡くなってから51年。地元でもご存じない方も多いのでしょうか。
なにか、名残りはあるでしょうか?探してみると……。

商店街で発見!愛らしい河童像とレトロ映画のポスターです。
ポスター、ちょっと上が切れちゃったけど。
「原作者 火野葦平特別出演の海洋冒険活劇!!」ですって。
P1020623.jpg P1020646.jpg

この道を真っ直ぐ登って行くと、小説で悪さをする河童たちが封じられた高塔山に至ります。
わかりにくいけど、高塔山の中腹に河童の看板が2つ見えます。
山頂には行けなかったので写真だけ。
P1020639.jpg P1020644.jpg

「火野葦平資料館」「火野葦平旧居・河伯洞」もイケズ。
な~んね、文学の旅なのに、全然、文学スポット行ってないじゃないのさ~!

厳しい残暑と、前日の小倉歩き疲れでエネルギーがなくて……。
雨だった小倉とは一転、若松は晴天。
運動不足はこういうときに悲しい結果としてあらわれますねえ。

街を一周して洞海湾岸に戻ってきました。
ごんぞう、と呼ばれた石炭荷役仲士(内陸部から送られてきた石炭を船に積み込む労働者)の詰所が復元されています。
P1020648.jpg

作兵衛さんたちが苦労して掘った石炭も、ここからどこかに運ばれて日本の近代化を支える礎になったのかなあ。
しみじみしつつも、足はくったくたで、往きに寄った上野ビルのカフェで休憩後、小倉に戻りました。

というわけで、しょぼくれた文学の旅になってしまいましたが、それなりに満足。
渡船が面白かったし!河童にも会えたし?

北九州文学の旅はこれで終わりですが、作品の舞台を訪れるのはなかなか楽しいですね♪
またどこかへ、ぶらりと出かけたいと思います。




 

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導在 あわい

Author:導在 あわい
ドーザイ アワイ と申します。
ワケあって時間がたっぷり。いつかは読みたいと願っていた名作の数々…いますぐ、読むことにしました!
名作以外もどしどし読む予定。
楽しい読書録を目指します。

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TRCブックポータルに書評を投稿しています(2013.01~)。
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当時のハンドルネームは*辰巳屋カルダモン*です。
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書評の鉄人*に選ばれました。
bk1-00232(2011.08.19付)
* 第297回 書評の鉄人列伝 で紹介されました(2011.09.30付)。

自分なりのルールを考えました。
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