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名作文学いらっしゃいまし
日本の名作文学を楽しむブログです。                                                                                                                                    お江戸本と美術本のレビューも増殖中。
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書評を始めるとき、ずいぶん悩みました。
「だ・である」調と「ですます」調、どちらにするのか。

最初、いくつか両方書きました。くらべてみて「引き締まった印象になる」「字数が少なくて済む」というメリットをとって「だ・である」調を採用しましたが……今も書くたびに悩んでいます。
文章が硬くなりすぎるなあ、とか、ちょっとエラそうじゃない? と思うことが、ままあります。

ビーケーワンに投稿してらっしゃる他の方の書評を見ても、それぞれで特にルールはないみたいですね。
書評の「未読の方に本の魅力を伝える」という性格を考えると「ですます」調の方がいいのかなあ。
う~む、「ですます」調は語尾が単調になるのが、どうもね……。
本の内容によって変えるのもアリかな~?

ビーケーワンの常連さん、鉄人の方の書評を拝見すると「だ・である」調でも柔らかい印象をかもし出す文章もあるし、「ですます」調でも単調じゃないリズム感あふれるステキな文章もあります。
結局、「文章力」ですかね。

……悩みは尽きません。




 
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相原恭子『京都花街 ファッションの美と心』(淡交社・2011.07)

写真集にちょこっと解説がついているお手軽な本かな?と思ったら、意外に踏み込んだ奥深い内容で考えさせられた一冊。
著者は、英国の出版社から「ヨーロッパに造詣が深く外国人に日本を語れる日本人」に選ばれたそう。稀有な才能ですね。
今や、日本の伝統文化は日本人より欧米の趣味人の方が詳しいんですねえ。自国の文化を語れないのは、ちょっと、恥ずかしいかも……勉強だ!

以下、ビーケーワンに投稿した書評です。


 舞妓さんのあでやかな姿を見て涼やかな気分になろうか、と手にした本書。写真家でもある著者は「花街」をテーマに執筆、撮影活動を行い、外国語の著作も多い。

 舞妓の着物、髪型、身に着けるアクセサリーなどに「決まりごと」が多いと知ってはいたが、想像以上で驚いた。
日本髪にゆらゆら揺れる花簪は毎月変わる。華やかな着物やトレードマークのだらりの帯の材質や柄も必ず季節のもの。それも少し先取りするのが粋でおしゃれだという。季節に合わせるという単純なことではなく、次の季節を待ちわびる日本人ならではの心が表現されている、と著者は指摘する。

 まだ見習いさんか、お座敷に出て何年目か、衿替え(舞妓を卒業して芸妓になること)が近いか、など見る人が見ればすべてわかるそうだ。まずは見た目を変化させて、あとから中身を充実させる方式、だ。
 
 これは花街特有のしきたりではなく、日本の伝統そのものだと著者は語る。着物と日本髪が普通であったころは皆そうだった。男性や子供も例外ではない。
髪型、化粧、服装で年齢、身分、職業、未婚か既婚か、つまり自分が何者なのかがほぼすべて他人にわかってしまう。個人情報守秘の現在の日本では想像もつかないことだ。
それだけに恥ずかしいマネはできない。見た目に相応しい間違いのない人間になろうと努力するだろう。
今は花街にしかない、この伝統。窮屈な一面もあるが、全体として、いいモラルを保った社会になると思われる。
震災の際、各国から称賛された日本人のモラルの高さはこんなところに由来しているのかもしれない。

 舞妓の世界を通じて、守るべき日本文化の一面を知ることができた。
花街の需要がなくなれば途絶えてしまう職人技も少なくないという。舞妓は生きる伝統文化なのだ。
舞妓、芸妓とお座敷遊び……は庶民には難しいが、祇園の街を歩いて粋な空気を吸ってみたくなった。

(2011.07.25 ビーケーワン投稿 787字) 


外見でその人が何者か示すのは「花街にしか残っていない伝統」と書きましたが、それは女性の場合。

男性は他にもありますよ!……そう、大相撲です!
ドーザイは大の大相撲ファンであります。

前相撲から序の口、序二段、三段目、幕下、関取へと階段を上るごとに、下駄が雪駄になったり、コート着られるようになったり、大銀杏結えるようになったり、付け人ついたり、座布団使えるようになったり(きりがないので略)と、変化します。
国技館や国際センター前で場所中、入待ち&出待ちをしていると、見ただけですぐわかります。力士は「早く、雪駄をつっかけたい!」「さぶいからコート着たい!」とモチベーション上がるそうです。後輩でも番付が上なら立てないといけないし。

何かと問題の多い大相撲界ですが、素晴らしい伝統は守って欲しい!……ってこれ、相撲のレビューじゃないってば。スミマセン。つい熱くなりました。

テーマは花街です、舞妓さんです、芸妓さんです!
お座敷で歌を聴いたり、踊りを見たり、何が楽しいんだろ?と無粋なわたしはずっと思ってました。昔の粋な旦那は自分でも浄瑠璃や踊りを習ってたりしたので、プロと一緒にやったり見たりが楽しかったそうです。
同好の士か!それならわかります、客だからヘタでも褒めてくれるだろうし。話もはずむわ。しかも、相手はキレイなおねえさんたち。プラス、美味しい御馳走、お酒。これは、ハマるのもわかる!と言うか、やっとわかりました、芸者に入れあげるオトコの気持ちが。『夫婦善哉』の柳吉、『にごりえ』の源七……これからは少し寛大な気持ちで芸者入れあげ、ごく潰しオトコたちに接しましょうかね?(やだよ)




 
原 淳一郎 『江戸の寺社めぐり』(吉川弘文館・2011.05)

 江戸関連の本を読むと「こんな進んだシステムだったの!」とか「今よりずっと優れた社会だよねえ」と驚くことがよくあります。
前はもっと古い時代の歴史モノが好きでしたが、今は江戸時代モノをしっかりチェック♪
面白い本を逃さないよう、新刊にはしっかり網をはってます。網にかかったこの本、もう読んでビックリのお江戸システマティックトラベル?です。

以下、ビーケーワンに投稿した書評です。


 団体行動を好む日本人、特に旅行では、その傾向が顕著だ。団体ツアーはまだまだ健在である。そのルーツは江戸時代にあるらしい。

 江戸時代の旅はイコール寺社への参拝だった。そこには驚くべき高度な旅システムが存在していた!

 人々は地域あるいは血縁単位で「参詣講」という名の互助システムに加入、一定額を出資する。毎年決まった時期に代表者15名程度が参拝。道中は提携した宿や土産物店、ガイドの世話を随所で受け、安全にかつ安価に旅行できた。どっさり土産を買って戻り、餞別をくれたり留守中の面倒を見てくれた人々に配って土産話もたっぷりと聞かせ、その年の旅は終了、また翌年……という具合だ。
 
 このシステムを支えていたのが、寺社側に属する旅のセールスマンともいうべき「御師」だ。参拝シーズンは現地で担当客を迎え、手厚くサービスする。オフシーズンになると全国の参詣講を巡って顔をつなぎ、アフターサービスに努め、客が他の寺社に移らないように気を配った。

 旅をする側のニーズと旅してもらいたい側のニーズが見事に合致して高度な旅システムが構築されていたのだ。お伊勢参りが盛んだったのは、優秀な御師の存在が大きく、全国に伊勢講システムが張りめぐらされていた、ためという。

 かくして、幕末ごろには次のような旅の図式が成立した。
男性はお伊勢参りと、オプションで京都、大阪、金毘羅見物などをチョイス。女性は手軽な江の島での弁財天参りと海の幸グルメ。知識人や武士層はちょっと知的に鎌倉へ、知的興味を満たす歴史ガイド「地誌」も各種あった。

 とはいえ、それなりに費用もかかり危険も伴う江戸時代の旅。生まれた町や村を一生出ないで過ごす人の方が多かった。そんな時代、未知の土地への憧れ、はるばるその地へ到着したときの感激はいかばかりだったろう。テレビもインターネットもない時代の旅がちょっと羨ましい。

(2011.07.23 ビーケーワン投稿 791字)


御師さん、まだ続けていらっしゃる方もいるらしいです。富士講だったかな?テレビで見ました。
顧客の求めに応じてご利益増やしちゃう寺社もあったそう…いいのか!それ!サービスしすぎでしょ!ってツッコミたくなります。江の島では採れたての貝をその場で焼いて食べるのが名物だったらしいんですけど、実は海の中にあらかじめ貝を隠してて、さも今採ったように見せかけてたらしいです…。
そんな、面白エピソードがいっぱい。やっぱり江戸時代モノは楽しいな♪




 
織田作之助『夫婦善哉』(講談社文芸文庫・1999.05)

この作品もずっと読まず嫌いのパターンでした。
ド演歌の世界はちょっとねえ、という思い込みです。
読んでみたら…もう一気に読んでしまい、オダサクワールドにすっかりハマりました!

以下、ビーケーワンに投稿した書評です。


 昭和15年(1940年)に発表された、著者27歳の時の作品。
大阪を舞台に、演歌のような情の濃い男女の世界が繰り広げられる。
芸者の蝶子と化粧品問屋の跡取り柳吉は駆け落ちし、柳吉は勘当され妻子とも別れる。ふたりは一緒に暮らし始めるが……。

 自分がこの男を一人前にして正式な夫婦として認めてもらうのだ、と決心した蝶子は懸命に働く。だが、この状況で男が更生した例はないだろう。蝶子が働いて貯金すると柳吉が遊んで散財する、の繰り返し。蝶子も負けてはいない。酔っぱらって戻ってきた柳吉をきつく折檻する。やっと小金が溜まると商売を始めるが、柳吉はすぐに飽きてしまい長続きしない。
剃刀屋、おでん屋、果物屋、カフェと、商売替えごとに、仕入れや開店準備、店頭の様子、どうやって傾いていき閉店&売却に至るか、がこと細かに書かれ、まるで昭和初期商売マニュアルだ。
収入(=蝶子)&支出(=柳吉)の記録は帳簿をつけるがごとくで、蝶子の苦労と柳吉のダメぶりのバロメーターのようで面白い。

 蝶子が活き活きとたくましくなるのに反比例して、いつまでも実家に未練があり独り立ちできない柳吉。哀しくもおかしい。
家出しても柳吉は必ず蝶子のところに戻る。気がつけば正妻と過ごしたよりも遥かに長い時間が過ぎ去った。それも通過点でしかない。泣き、笑い、諍い、これからもふたりはずっと共に生きていくのだろう。

 ラストシーンはしみじみとする。どんな苦労をしても、夫婦で一緒にものを食べる幸せは何物にも代えがたい。ふたりは正式な「ふうふ」ではないが、立派な「めおと」なのだ。

 誰のセリフかよくわからなかったり、主語が途中すり替わったり、読んでいて何か所か戸惑うところがあった。実に奔放な文章だ。でも、それをいちいち申し立てるのは野暮だろう。そんな小理屈は退散するしかない、圧倒的な勢いがある小説だ。ときには激流に身を任せる読書も快い。

 今、大人気のご当地B級グルメがたくさん出てくるのは楽しい。ドテ焼、皮鯨汁、まむし、鯛の皮の酢味噌などなど。今も残っているのだろうか?

(2011.07.17 ビーケーワン投稿 873字)


え~、暑くて暑くて保冷剤を手ぬぐいで巻いて頭と首を冷やしながら書きました。酷暑と書評って相性悪い?よね…。なので、またまた800字ルールを守っていません…。スミマセン。

読まず嫌いってホント罪。なんで、こんな面白い作家を見逃していたのだろう。おろかでした~。
織田作之助自身の生涯もとても魅力的。いろんな作家の小説に登場しているようです。

『夫婦善哉』は続編が発見されて今は読めるようですが…どうなんでしょう?このままの方がいいようにも思いますし。続編読むべきか…悩みます。

『俗臭 インパクト選書 織田作之助〈初出〉作品集』(2011.05)ていうのも出たんですよね。
これも、気になります。今、気になるオトコ、オダサク。

いや、でも「名作文学読み」を始めてよかった。こんな面白い作品と作家に出会えたんだもの。
ますます、モチベーション上がりました。暑いけど、これからも、がんばろう!




 
菊池 寛『藤十郎の恋・忠直卿行状記』(小学館文庫・2000.04)

大正期に発表された短編三編、戯曲三編から成る作品集です。

菊池寛の小説、戯曲は何度も映画、テレビドラマ、舞台化されています。大人気。
最近ではお昼のテレビドラマ『真珠夫人』が話題になりましたね。
そういうわけで話は知っているけど原作は読んだことがない、というパターンの作家ではないでしょうか。
わたしも初めて読みます!戯曲って…シナリオのことなのですね、何だか新鮮です。

以下、ビーケーワンに投稿した書評です。


 歴史上の人物や事件に題材をとった小説や戯曲はたくさんある。その創作世界の方が世に知れて、後世にあたかも史実のごとく伝えられることもある。歌舞伎の忠臣蔵や勧進帳がそうだろう。表題作『忠直卿行状記』もそのひとつだ。

 越前福井67万石の藩主、松平忠直は徳川家康の次男、秀康の息子。素晴らしい血筋だ。大阪夏の陣の活躍で、祖父、家康から褒美に名物の茶入を与えられた。だが、その後次第に乱行が噂されるようになり、31歳のとき幕府から豊後に追放され56歳で没するまでの後半生をその地で終えた。
 こうした断片的な記録をもとに著者は、「これこそが史実だ」と読者が納得し錯覚する傑作を作り上げた。
生まれながらの権力者ゆえの孤独に苦悩する青年君主、その心の動きが緻密に描かれる。

「それは、確かに激怒に近い感情であった。しかし、心の中で有り余った力が、外にハミ出したような激怒とは、全く違ったものであった。その激怒は外面は、旺んに燃え狂っているものの、中核のところには癒しがたい淋しさの空虚が、忽然と作られている激怒であった」
折々、このように詳しすぎるほどの心理描写が入る。理路整然、実に現代的感覚の心模様だ。

 権力者は孤独だといわれる。「権力」という絶対的な力を手にしているのだから「孤独」に耐えるくらいのことは当然だ、とする雰囲気もある。本当にそうなのだろうか。
 忠直卿が凡庸な君主なら適当に折り合いをつけて「孤独」と上手く付き合っていけたかもしれない。かなり優秀な人だったゆえにプライドがアダとなり悲劇は膨らんでいった。
人と人との付き合いがしたい、との切なる願い。しかし、ただ服従のみの家臣に思いは伝わらない。怒りに触れた家臣が切腹したと聞いても淋しく笑うばかりの忠直卿。
 これは遠い昔にいた非道なお殿様のお話ではなく、目の前の壁を打ち破ろうと奮闘するも果たし得ない悩める一青年の物語なのだ。

 かたや、もうひとつの表題作『藤十郎の恋』には心理描写がほとんどない。こちらは歌舞伎の戯曲なので、むしろ逆のように思われるのだが。両者の違いが興味深い。
著者は歌舞伎に造詣が深かったという。役者を信用してその演技にすべてをゆだねたのだろう。何とも頼りない読後感は、芝居を観て初めてひとつの作品として完結するらしい。実業家としても成功した、著者の「芸」の深さを感じる。

(2011.07.14 ビーケーワン投稿 985字)


(天の声)ドーザイよ、800字にまとめるルールは最近どうなっとるんじゃ?
(心の声)コレ、2作品入れてるから、ちょっとオーバーしたんですよ、『忠直卿』だけならイケたと思いますが…。

いや、どの作品も想定外の面白さでした。特に戯曲!ぜひ、舞台が観たくなりました!
巻末に付いている「写真で知る菊池寛の生涯」と「二代目澤村藤十郎氏のインタビュー(かな?)」が秀逸です。
菊池寛て、破天荒な人だったのですね!好きなことやっています。壮大なエネルギーだ。水着姿も披露。
文壇に、こういう人はもう出ないでしょうね…。




 

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導在 あわい

Author:導在 あわい
ドーザイ アワイ と申します。
ワケあって時間がたっぷり。いつかは読みたいと願っていた名作の数々…いますぐ、読むことにしました!
名作以外もどしどし読む予定。
楽しい読書録を目指します。

日本の名作 (20)
古典 (3)
明治の名作 (5)
大正の名作 (3)
昭和の名作 (8)
平成の名作 (1)
一般書 (40)
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文章修業 (2)
名作のほとり (3)
そのほか (6)
文学の旅 (2)
博物館&美術館 (7)
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TRCブックポータルに書評を投稿しています(2013.01~)。
ハンドルネームは*導在あわい*です。
「TRCブックポータル」は2016.03をもって運営終了されました。

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また、2012.12までの書評は書籍と電子書籍のハイブリッド書店【honto】(旧;オンライン書店ビーケーワン)でも閲覧可能です。
当時のハンドルネームは*辰巳屋カルダモン*です。
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書評の鉄人*に選ばれました。
bk1-00232(2011.08.19付)
* 第297回 書評の鉄人列伝 で紹介されました(2011.09.30付)。

自分なりのルールを考えました。
こちらをご覧ください!


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